第二十一回 ダイエット備忘録
人生最大体重から二年経過し、元の体重に戻った私ですが、
そのダイエットをしている内に気付いた諸々を残します。
①人は、運動をして生きていくように設定されている。
人は、体重を落としたいと思った時に、まず「食事を減らそう」と考える生き物であ
る。
「食事内容をヘルシーな方に見直そう」ならば良いのだが、「とにかく食べない」とい
う方向に走りがち。
なぜなら、それが一番楽だから。
そのため「置き換えダイエット(一食をドリンクなどに置き換えて痩せる)」などがあ
るが、
「食事を減らす」のも、一生できますか?という話である。
でも人間の体は、楽して生きられるようには作られていない。
運動をして体力、筋力、骨(骨密度)を維持するように作られている。
運動をすると、様々なホルモンが神経伝達物質が分泌され、最初は嫌で仕方なかった運
動が好きになる。
だから運動できる人は、できるうちになるべくやっておいた方が良い。
②運動は何歳から始めても遅くない。でも、怪我には注意。
しばらく運動から離れていた人は、急に始めると大体どこかに怪我をする。
ましてや増えた体重が膝に乗っかってくるので、膝を痛めやすい。
運動のやり方を知らない人も多いので、そこはYouTubeなどで情報を集める。
最初は、軽いものから。慣れてきたら負荷を徐々に増やす。
痛めやすい部位は、膝、腰、足の甲や足底筋など。これは私がやっちまった部位です。
痛みが起きたら、二、三日は休んで、痛みが引き出したら運動再開。
痛みが治らないときは病院へ。
私は冬に腰を痛めやすいので気をつけていますが、それでもやっちまいます。
これは昔痛めた古傷のせいもあると思います。
運動をする前に、軽いストレッチなどをするといい、と最近気づきました(遅い)。
③YouTubeのサムネ「一ヶ月で五キロやせる!」とかは嘘である。
サムネは大げさにしないと誰も見てくれないからでしょうが、そんなにすぐ痩せられる
ようにはできていないのが人間の体。
大概はサムネ詐欺ですが、紹介されている運動がやりやすくて、続けられそうならやっ
てみます。
少しずつ体重を落としていく方が体にも良いと思うし、続けられる気がします。
続かないと意味が無いので。そして続ければ痩せるので。
余談ですがYouTubeのサムネの顔芸が苦手です。
④個々の体質に合わせて運動を選び、無理をしない。
膝が弱いのに膝に負担をかける、股関節をぐいぐいやり過ぎて痛めるなど、本当に気を
つけてください。
股関節は女性は特に無理しないでください。
日常を維持するための運動に、根性論は必要ないのです。
ここ数年、ジムでの事故が増えているそうです。無理な負荷の筋トレをさせられたり、
根性論で説得されたりという、
人の体をなんだと思ってるんだと言いたくなるようなケースです。
しかも怪我をするのは九割が女性だそうです。当たり前です。
⑤有酸素運動でも筋肉は付くよ。
なぜ無理に筋トレ(無酸素運動)をさせるのでしょうか。
肩甲骨を動かす運動や、腕を回す運動でも十分筋肉は付きました。
昔着ていたシャツが、肩幅がキツくなって着られなくなったくらいです。
有酸素運動でも筋肉が付いていくのを実感しました。
自分が何のために運動したいのか、筋肉を付けたいだけなのか、有酸素運動で健康に気
をつけたいのか。
運動しながら自分の体に問いかけてみましょう。
第二十回 一年かけて十七キロ減量した話の続き
前回の続きです。数ヶ月放置してしまいました。
とにかく健康的に体重を減らして行こう、という決意をしました。
体重はもう十年以上、毎日計って記録していますがこれは結構大事なことです。
体重計が無いまま一人暮らしをしていた時は、数キロ太ったことがあります(実家に戻
って計った時にびっくり)。
さあ、とにかく有酸素運動を始めます。
YouTubeで見つけた動画を参考に、毎日三、四〇分は運動する。
始めは身体が重いので、まずは運動に慣れることが目標。
一週間やっていると、だんだん動けるようになっていくのが分かります。
ちなみに、SNS等で外でのウォーキングを始めました、というのをよく見かけます
が、やっぱり皆さん、梅雨時期や夏の暑さで順調にいかなくなる方が多いですね。
そりゃそうだと思います。天候を考慮しながらの運動は、続けにくいものです。
ウォーキングも一時期推奨されましたが、最近では膝の関節の消耗を早めるという説も
浮上してますね。
関節は消耗品なので、なるほどと思いつつ。
根っからの引きこもり体質の私には、やはりYouTubeを見ながら家で運動するのが合っている。
ジムに行くという選択肢もありますが、お金がかかるのと、感染症が怖い。
私が見つけた運動チャンネルは、色々な運動をいくつか入れた短い動画を紹介してい
て、負荷が軽めの出来そうなものを最初は選び、
慣れてきたら動画の数を少しずつ増やしていきました。
その合計時間が四十分くらいになるように、最初は始めました。
チャンネルの中で先生が、「有酸素運動に筋トレのような負荷もかけている」とおっし
ゃっていて、
筋肉を付けつつ脂肪も落とす、という発想がまさに私の目指すところだと思い、
どんな身体になりたいのか、がハッキリしました。
脂肪を落とすのはもちろんなのですが、それで細身になりたいと言うよりは、体力UP、
筋肉量UPして引き締まった身体になりたい。
そして目標体重を設定する。基本は標準体重が良いと思います。私は骨格が若干華奢な
ため、標準体重よりも少なめに設定しました。
体組成計でBMIもチェックして、正常範囲には入っていた方が良いと思います。
十数年前に、一年ほどストイックにウオーキングを続けて体重を落としたことがありま
したが、「もっと痩せられる」「もっと痩せたい」と思い詰めるような考え方になった
こともありました。
そういう経験が摂食障害のきっかけになることもあるので、目標体重を設定して、目標
体重になったら今度はそれを維持するようにする、と決意した方が良いと思います。
運動習慣を始めてもうすぐ二年が経ちます。
最初の一年で十七キロ痩せ、筋肉量は増え、今も維持しながら続けています。
健康を少しでも長く保てるように、というのが第一の目的です。
病院に行くと医師に問われるのは、「二十歳の時、体重は何キロでしたか?」ということです。
二十歳の時の体重を大人になってからもキープしていくのが健康のためには良いのでしょう。
私は数年の間に、七キロ痩せてからリバウンドして二十五キロ増え、そこから十七キロ
落とすというジェットコースターをやってしまいましたが、体重の増減を繰り返すこと
自体が健康に良くないのですね。
痩せた後も運動を続けていかなければならない、それが人間に課された制約なのだと思
います・・・大変だけど。
第十九回 一年かけて十七キロ減量した話
今回は、私が一年かけて十七キロの減量をした話です。
日本でコロナ禍が始まろうとしていた2020年二月。
その頃私は胃腸の調子が悪く、気付いたら体重が四十三キロにまで落ちてしまいました。
身長が百六十一センチでこの体重は、私には危険です。
ベスト体重が五十キロ前後なので、四十三キロでは身体が軽すぎる感じがしました。
その頃取った顔写真が、頬がこけていて怖いです。
痩せようと思って痩せたわけではなく、胃腸が悪くて知らない内に痩せていました。
人は痩せすぎると尻の肉や脂肪が減ってしまい、椅子に座るのと骨が当たって痛くなります。
これが地味にうっとうしい。
そこから胃腸の調子が回復するにつれ、だんだんと体重が戻ってきたのですが、二年くらいかけて、今度は人生でMAXの六十八キロまで体重が増えてしまいました。
要するにリバウンドです。
急激に体重が落ちると、体が危険を感じて、頑張って体重を増やそうとする。
…かどうか、詳しい仕組みは分かりませんが、ダイエットにつきもののリバウンドです。
一か月で一キロづつ、確実に増えて行きました。
コロナ禍ということもあり、ますます外出を控え、運動をしていませんでした。
というか、2015年に体調を崩して以来、ずっと引きこもり気味でした。
いや、生来私は元から引きこもり気味でした。
外が怖く、一番好きなのが自分の部屋で、二週間外出しなくても全く平気、むしろ快適。
六十八キロになった私は、痩せてしまった時より困っていました。
朝起きる時、布団から出るのが辛い。
膝に負担がかかるからです。
血液検査の数値が悪くなった。
悪玉コレステロールの数値が爆上がり。
去年来ていた服がきつくて着られなくなった。
下着から何から、買い替えることになり不経済。
特に好きだったメーカーの服が、一番大きいサイズでも入らなくなり、
「このメーカーはサイズ設定に『デブはお断り』感が昔からあったが、とうとう私も拒否された…!」
とショックを受け、その後は痩せましたが、今も買っていません。
この頃ちょうど腎臓内科に通い始めたのですが、医師からも「痩せた方が良い」と言われ、決意しました。
糖尿病になる恐れもあるからです。
太っているだけで色々な内臓に負担がかかる、その事実が怖すぎる。
人が「痩せよう!」と決意するとき、まずは楽な方法を探します。
食べる量を減らす、ストレッチをする、などです。
しかしそれでは健康的な痩せ方が出来ないのです。
私に課された課題は「健康的に痩せること」で、そのためには方法は「有酸素運動」しかないのでした。
有酸素運動といえばウォーキングですが、私は生来の引きこもり体質。
おまけに寒い時期は長く歩くと、寒冷じんま疹で足が痒くて歩けない。
家の中で出来る運動で痩せるしかない、とYouTubeで検索をすると、もの凄い数の動画がヒットしました。
どうやらコロナ禍での運動不足を解消したい人のための需要が増えたようです。
いくつか試してみて、年齢的に自分に合うチャンネルを見つけました。
ちなみに、自分に合わない、しっくりこないものは続きませんでした。
次回へ続きます。
第十八回 若者の食生活と運動の必要性
タイトルがめっちゃ堅苦しいですね。
久しぶりの投稿となりました。
「便りの無いのは元気な証拠」って、誰が言ったのかしら?
私の場合は「便りの無いのはホントに元気の無い証拠」です。
元気が無いから便りが書けないのが、普通だと思うけど。
ここ数ヶ月、めまいがしたり、元気が無かったりして、「すわ更年期か?」と思ってました。
私は腎不全なのでタンパク質制限をしているのですが、あまりに肉を食べなかったため
に、元気とやる気が無くなっていたようです。
少しずつ肉を食べるようにしたら、マシになってきました。
今回お伝えしたいのは、若い人の食生活が心配であること、そして運動の必要性につい
てです。
動画配信などで、若い人が食べ物を食べながら日常のことを語るジャンルのものがよく
あるんですけど、そのとき食べている食べ物が・・・見ていて本当に心配になります。
ジャンクなもの、コンビになどで売っているもの、外食など、塩分がもの凄く高い食事
なので、そのままの食事をしていると将来、確実に身体に影響が出るからです。
そういう人はカロリーも取り過ぎているので、肥満の人が多いです。
動画を視聴している人たちは比較的若い層が多く、そのジャンクな食事に対しても違和
感なく見続けて、「食事ってこんな感じで良いんだ~」と思ってしまわないか不安を抱
いています。
動画のコメント欄にも、その偏った食事について指摘しているものは全然無いんですよね。
皆さん、空気読んでますね。
コロナ禍以降、身の回りに肥満の人が増えましたが(私もその一人です)、折も折、世
の中に「ボディポジティブ」という言葉が登場し、「自分の身体をありのまま愛そう」
という考え方が広まりました。
今まで痩せていることが素敵だとされていた価値観を考え直そう、というものですが、
それはルッキズム(外見至上主義)に対してのカウンターであり、個人の健康に対する
ものでは無いとうことが重要です。
私自身は、元々痩せ型体形で生きてきましたが、2021年頃から人生最大になるまで体重
が増え、一年かけて運動をし、2023年の冬に元の体重に戻しました。
この経緯についてはまた後で書きます。
「太ったままで良いよね~」と太っている人は言いますが、身体のことを考えたら、良
いわけが無いと思います。
血液検査をしてみて、数値に異常が無ければまだマシですが、生活習慣病として将来身
体に影響が出てくるので、運動できる人、体重を管理できる人は体重を減らす努力をし
て欲しいです。
出会った人に「痩せたいんだよね」と言われれば、自分が痩せた方法を教えます。
でも、身内でも太っている人がいますが、痩せたいと言われない限りこちらからは何も
言えません。
直接は人に言えないからブログを書いているのです。
「痩せなよ!そのままだと危険だよ!」なんて、身内だとしても失礼すぎて言えないか
らです。
本人が望んでないのにクソバイスをすると、痩せることがより遠のくからです。
本人自らが、絶対痩せたい!と決意しないと、運動は続きません。
健康のために運動し、痩せる。体力を維持する。筋肉を付ける。
人はこの習慣を身につけないと健康が遠のいていくのですが、中々実行に移す人はいません。
一般に言われる「ダイエット」は、運動すれば成功する確率が高いのですが、人は運動
が何よりも嫌いで面倒だと思っているので、痩せるために食事を減らしたりサプリメン
トを飲んで脂肪をなくすといったような方法を取ります。
私は色々な体調不良や病気を経験して知ったのですが、どんな病気もまずは「有酸素運
動をしましょう」と言われます。
有酸素運動をすることが健康への近道で、体型の維持にも繋がるんだと、この一年でや
っと悟りました。
若い内からこのことを知っておけば、もっと元気でいられたのに。
運動をする習慣が身についていないまま大人になったら、運動を始めるのも辛いですよ
ね。
小学校では体育で運動する機会があったけど、中学校で部活を文系にしたら一気に運動
しなくなりました。
身長が伸び体重が増えてきて、動くのがしんどくなってくるからだと思います。
もう、学校で教えて欲しい。
人生に運動は一生必要だと。
そんで「基礎体力部」とかを作って、子どもたちに運動をする基礎を身につけさせてほ
しい。
スポーツで身体を酷使するとか、誰かと競わせるとかの運動では無く。
生きていくのに必要な習慣だよ~、それは自分のためなんだよ、って教えて欲しかった。
次回は私が一年かけて運動した経緯について書こうと思います。
第十七回 人生百年時代は無関係
私は四十歳で、このまま行くと腎臓の機能があと二年しか持たない。と紹介された腎臓内科で診断を受けました。
三十三歳で倒れてからずっと内科に通っていたのに、腎機能の数値も血液検査に出ていたのに、最初から見てもらっていた主治医はそれをずっと見逃していたのです。
腎臓内科を受診したところ、他のクリニックからも同じような事情で来た、という方がいらっしゃいました(プライバシーが無いに等しい診察室なので隣の話が丸聞こえでした)。
血液検査の結果一覧で、腎機能を示す数値eGFRはただ数値が載っているだけで、正常値より上ですよとか下ですよ、という印が付かない項目でした(私の通っていた内科では)。
この数値は百が「腎臓の機能が百パーセント働いている」目安であり、数値が下に行けば行くほど機能が落ちているという意味です。
他の検査項目は大体は正常範囲が書いてあるのに、なぜこれだけが書いていないのか?こんな大事な数値なのに?
皆さん、今すぐ検診の項目をチェックしてください。
内科の最初の血液検査でのeGFRは、すでに六割くらいの数値でした。
年齢にしては低すぎる数値です。
その時すぐに医師が指摘していれば、すぐに治療に繋げていたら、と思うと悔しくて仕方ありません。
腎機能は下がったら回復することは無いそうです。
だから早めに気づいて検査をしなければならないのです。
あと二年で透析をしなければならない。
ということは、もし江戸時代なら余命はあと二年だったのか私は。
四十二歳!
江戸っ子は塩辛いものを食べていたから、そうやって亡くなった人も多いのかなあ・・・
江戸時代では平均寿命に近いかもしれないけど、今は二十一世紀だよ。
余命二年だとなると、死ぬまでに色々やらないといけないことがある、忙しいなあ。
遺影も今のうちにプロに撮ってもらって、ガッツリ修整してもらって・・・
何よりこの経緯をブログに載っけて、医師への恨みを綴り、世の中の人への啓発をする!
これが診断を受けたときに思ったことでした。
そして長寿は自分には関係ない事なんだ、と諦めました。
長生きしたら、自分がどんな風に老いていくのか全く想像も付いていませんでしたが、いずれ透析をするようになって、他の病気にもなったりしたら、というのは簡単に想像が付きました。
その後、虐待を受けた人は寿命が平均より短いという論文を見て、マジで長寿が無関係なのを悟りました。
そして自分が別に長寿を望んでいなかったことにも気付きました。
病院に通っているとお年寄りを沢山見かけますが、足が悪かったり、辛そうにしている方もいらっしゃいます。
それがどんなに大変か、若い人は気が付けないと思いますが、いずれ自分がそうなったときのことを考えると、果たして自分は耐えられるのか、甚だ疑問です。
子どもを持つことも望まなかった私ですが、長生きさえ望んで無かったんだということを、四十歳で気付きました。
その根っこには、虐待された事が原因としてあり、いろいろと諦めているし期待もしていない自分の本質が浮き彫りになりました。
ちなみに2023年に三回入院して二回手術を受けたこと、IgA腎症であることは、実家の家族には全く話していません。
言う必要が今のところ感じられないからです。
いよいよ死ぬときになっても、知らせたいとは思っていません。
事後報告で良い、と夫には言っています(本気にしているかは分かりませんが)。
死に際に集まられたくないんです、今の感触としては。
死に際の顔とか、人に見られたいと思いますか?
祖母や祖父が、夜寝ている内に亡くなり、朝に発見されたのですが、私もそうでありたい。
出来れば景色の良いところにある病院に入院して(高原や海など)、人がいないときに死ねたら最高です。
実際には難しそうですが。
今年の入院は都内の景色も見えない古い病院でしたが、ここでだけは死にたく無いな、と思っていました。
綺麗な病院に入院したいし、快適な病室で過ごしたい。
死ぬ時に望むのはそのくらいでしょうか。
葬式は密葬で、自分のための墓も要らない。
ちなみに、私は卒業式で袴を着たことも無い、二十歳で振り袖を着たことも無い、成人式にも出ていない、記念写真も無い、披露宴も望まなかった、ダイヤの入った指輪も要らない、など人生全般、無い無い尽くしのオンパレードです。
自分で望まなかったのでそうなったのですが、友人が振り袖を着るために色々準備しているのが、他人事にしか感じられませんでした。
妹がいるのですが、彼女は親に虐待をされておらず、上記の全てを人生において行っています。
すごく対照的だなと思います。
一度も殴られたことの無い人って、人生の記念すべき時にやることをちゃんとやれるのだなと。
親に高い振り袖を買って欲しいとお願いできるんだな、と。
妹が何か自分のためにイベントを用意する度、私はひそかに「ひえっ」と驚いていました。
死ぬとか病気とか書いていますが、悲しい、暗いと感じますか?
書いている本人は全く悲しくないのですが、無い無い尽くしなのは自分の性格によるものでもあるし、考え方がそうだったというのもあります。
人に期待しすぎても、結局人は裏切る時は裏切る生き物なので、あまり意味が無いということです。
感情的になりすぎる必要は無いです。
小さいときに、「親ですら頼れるものは無いんだな」と気付いて以来、考え方がドライになったのかもしれません。
いろいろと思いつくままに書きましたが、ただ最近のメディアでよく見られる「人生百年時代」という言葉にはイラッとします。
百年生きられなさそうな人も沢山いるのに、気安く言うなよ。
いくら医療が発達しても、無理な人もいるんだよ。
どこ見て言ってんだよ!
たとえ百年生きたって、幸せと言えるのか?
「これから私たちは百歳まで生きていきますし~」とか平気で言える人って何なんだろ。
長寿希望が無い私ですらイラッとします。
おめでたいと思える「長寿」ですが、その言葉が百年生きられなさそうな人を傷つけています。
第十六回 年齢を重ね酷くなっていく月経と、病院通い生活の始まり⑩寿命が短いことをなんとなく察している
前回の続きです。
今年で通院生活が始まってから七年、来年は八年目です。
いつも大体、病院へは平日の午前中に行くのですが、患者さんはほぼお年寄り、発熱した子どもです。
三十代で平日に薬をもらいに来ている人って、世の中で本当に少ないんですよね。
仕事をしている人は土曜日に病院へ通っている人もいるでしょう。
そういう方の邪魔にならないように平日に通っているわけですが。
人は年老いてから血液検査の数値が悪くなり、あちこち身体にガタが来て病院に通い始めます。
だから病院はお年寄りの方が多いのですが、私は三十代からそれをやっているわけです。
なので必然的に寿命は短そうです。
五十代で身体の調子を崩す方が多いと思いますが、それより二十年も早く崩しているのです。
今年になって知った事実として、虐待を受けて育った人は、ストレスに抵抗する物質が虐待を受けていない人に比べて少なく、
炎症系の病気に罹りやすいと言うことです。
また、癌や心臓病、慢性疾患、精神疾患や心身症を生涯にわたって発症しやすくなるそうです。
私は専門家では無いので、めっちゃざっくりとした感じでしか言えませんが、自分にほとんど当てはまるので、
「ショックだけど多分その通りだわー」と思いました。
色々な本を読んでいると、何らかの依存症になりやすい人や自傷癖のある人も大体、子どもの頃から虐待を受けているのですが、
やっぱりそれも自分に当てはまるところがあって納得していました。
私は「親にもらった身体を傷つけるなんて・・」的な価値観が一切無いので、自分がしたければ身体改造もしたい派です。
ピアスは耳が小さくて両耳に一つずつしか開けていないのですが、もっと耳が大きければ増やしていたでしょう。
ピアスを開けたとき、自分が少し変われた気がして嬉しかったです。
痛いのが苦手なので軟骨にピアスとかタトゥーは無理です。
それらも一見オシャレのためと思われがちですが、私は自傷行為の一種だと思っています。
この世には自傷行為と依存症があふれていると思います。
現在の私は相変わらず通院しながら生活していますが、腎臓の治療をしてからは以前よりも疲れにくく、まあまあな体調で毎日を過ごしています。
それでも毎日「死にたい」気持ちが続いていますし、ストレスも多いです。
大人って、生きるのが大変。
生活習慣に最大限気をつけていますし、出来ないことも多い。
外出は基本的に通院がメイン、他は近所に買い物に行くくらいですがそれすら億劫で外に出られないこともしょっちゅう。
外出するとカフェやレストランに行くのは普通のことですよね。
私は食物アレルギーが三十代で増えてしまい、何が入っているか書かれていない外食があまり出来ないです。
カフェも、コーヒー、紅茶、炭酸が飲めないので居場所がありません。
外国のように、ミネラルウォーターがあったら良いのに(しばらく外食していないので分かりませんが、今は置いてあるのかな?)。
外出しても、食事や休憩できるところが無い。
これは地味に困ります。一回の外出で、飲まず食わずで帰ってこられる範囲の予定しか立てられないんです。
そして通院生活中盤で始まってしまった、新型コロナの流行。
腎機能が低いので重症化する可能性があり、マスクを外す飲食店にはもう入れないかもしれないことが決定。
体調を崩して倒れた時点で、外食に対する興味は無くなっていたのですが、外出して疲れたときに休める場所が無いのは非常に困る。
新型コロナも、免疫はつかずに毎年流行るような、インフルエンザみたいになるような気がします。
このあたりで、『年齢を重ね酷くなっていく月経と、病院通い生活の始まり』シリーズはひとまず終わります。
今後は生活や健康に関するブログを引続き書いていきたいと思いますので、宜しくお願いいたします。
第十五回 年齢を重ね酷くなっていく月経と、病院通い生活の始まり⑨月経よサラバ
前回の続きです。
色々な治療を探し、ようやく体調がマシな状態へ近づいてきました。
今も時々、軽いめまいがあったりしますが、昼寝をして無理をしないなど、なんとか生きています。
内科や精神科、腎臓内科、婦人科など今もいくつもの病院へ通っているのは変わりませんが。
そして2023年は子宮全摘しましたので、完全に月経とはオサラバです!!
血がいつ出てくるか分からない状況って、私にとってはすごく神経が消耗することでした。
災害時に備えてナプキンを多めに常備してとか考えるのも面倒くさい。
ナプキンを付けていると痒いし、というか最後の方は月経一日目にはすでに痒い、という最悪な状況でした。
痒みがあって当たり前、と言う人もいますが、私はそうは思いたくないです。
それと、子宮があった頃は真夏以外、腹巻きが欠かせませんでした。
お腹が冷えると冷えが子宮に伝わり、痛みが出るからです。
今後は真冬にお腹が寒くて腹巻きをするくらいだと思います。
夏場以外のカイロからも解放され、カイロが余りました。
今の私のアイデンティティは、「子宮全摘したぜ!もう月経来ない!YEAH!!」
です。
取った子宮には筋腫が四つあり、一部腸と子宮内膜が癒着していて、痛みの原因の一つではあったかもね、との診断でした。
エコーで見ていたときは、筋腫は二つと言われていて、他に所見は無かったので、手術してみないと分からんもんだなあと思いました。
ほっといたら筋腫はもっと増えていたんじゃないかと自分でも思います。
精神科の先生(男性)に子宮全摘します、と伝えたら「女性にとっては辛いでしょう・・」と言われましたが、私に限ってはそんなことは全然無く、むしろ手術前に飲んでいる偽閉経を起こす薬の方が辛いんですよ先生。
夫に、「男性の方が玉を取るとかなったら、辛いんじゃない?」と聞いてみたら、そうだと思う、と返ってきました。
私は元々、生殖器や性的なことにアイデンティティを見い出してはいない人間なので、身体のデメリットを一つ取り除けて嬉しいくらいです。
月経が無いと女じゃ無くなるとか、誰かが言ってたセリフはどうでもいい。
それは個人の価値観でしか無く、それぞれが自分の性や身体に対して、己で築いた価値観を持っていればそれで良い。
常備していたナプキンは全部捨てました。
捨ててビックリ、すごく収納場所を取ってました。
おりものシートは、まだ一応おりものは出るものなので保留。これも痒くなるけど。
これからお世話になるのは尿漏れパッドでしょう。
次回へ続きます。